森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし

読書感想文

質問箱(‪https://peing.net/caramel_acorn )でオススメの本を常時募集しているのですが、その「推薦図書」を何冊か読みましたので、その感想文です。

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気になる本がありましたらぜひ読んでみてください。また、私が好きそうな本をご存知でしたらぜひ質問箱に入れておいてください。全部は読めないかもしれませんが、読んだら感想をつけてご紹介します。

 

 

 

檸檬梶井基次郎

「あのびいどろの味ほど幽かな涼しい味があるものか」という一文に撃ち抜かれました。普段の私は愛でるものといえば草木だとか空だとか石だとか自然物ばかりで、商店街の店構えや雑貨といった人工物に興味を示すことが殆どないので、そういった日常の細々したものの魅力をまざまざと感じさせる文章が大変新鮮でした。

 

Kの昇天梶井基次郎

自分に常にぴったりと張り付き、寄り添い、離れない影という存在に、人は誰しも疑問なり恐れなりを抱くものですが、そういった話の中でも最も美しい部類に入るのがこの『Kの昇天』ではなかろうかと思います。この絶妙な人間味のある仄暗さは私の感性とは異なるのですが、それを超えて納得させられるものがあります。

 

『沈黙博物館』小川洋子

「沈黙」が重要なテーマですが、小川洋子さんの話の中では比較的静かでないというか、文章に音を感じる作品だった気がします。私にとって博物館とは何か、保存とは何か、この本を読んだ今なら以前より少し面白い回答をひねり出せる気がします。ただ解剖シーンをはじめとしたちょっとグロテスクな描写が多く、文章が大変美しいだけに鮮やかに想像してしまい、神経に亀裂が入りました。二度は読めません。が、一度は読んでおきたい話です。

 

薬指の標本小川洋子

鉱物や昆虫など、何かの標本を収集している方の中には学術的な記録とは関係なく標本を愛する方がいると思いますが、この本を読むと「標本」という概念がずっと自由で奥深く、そして静かなものに感じられると思います。ただ、標本の姿が美しくも生々しい文章で緻密に描写される箇所が多く、それは確かに魅力なのですが、私はなかなか読み返す勇気が出ずに数年ぶりに手に取りました。感受性豊かで、且つセンシティブ過ぎない方におすすめです。

 

 

今回は以上です。今度は私のオススメの本もご紹介しますね。

竜の雛

どこからともなく、かさこそと小さな音が聞こえる。

これが耳慣れない音ならば虫かネズミでもいるのかと警戒するところだが、研究室ではよく聞く類の音である。

 

猫か、竜か、どちらかだ。

 

今回は音の質からして竜の雛のようである。

作業机の引き出しの陰を覗くと、案の定竜がごそごそと紙屑を集めて巣を作っている。

いや、紙屑ではない。標本に添付しようと印刷しておいたラベル用紙である。正確に言うと元はラベル用紙だったが、たった今紙屑になった。

 

紙の端を器用に咥えて引き裂いたり、足で踏みならして柔らかくしたりしたものを鳥の巣のように丸め、今まさに中に腰を落ち着けようとしている。

別に我々が竜に寝床を用意してやっていない訳ではなく、研究室のそこかしこにこのような巣があるのだ。

 

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標本を身につける

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写真はこの冬の新作、標本箱の首飾りである。

身につける形の標本箱として最もふさわしい形を研究するのに随分かかったが、今回初めて納得いく形のものが完成した。

 

木製のフレームは飾り彫りが施されており、角に紫檀のかんざしを入れることで接着面の少ない繊細な構造に強度を持たせている。

仕上げは蜜蝋ワックスで滑らかに磨き上げ、暇には本革を使用。胸元で握って眺められる長さに調整できる。

また歩くうちに裏返ることを想定し、表裏のないデザインになっている。

 

そして何より大切にしたのは、デザインの「飴色団栗研究室らしさ」である。

身につけても不自然にならない品の良いサイズ感を維持しつつも、標本箱としての機能を損なわない造形のバランス。きちんと文字が読めるラベル。

飴色団栗研究室は標本を作る現代アート作家でアクセサリーの類は専門外といえば専門外だが、作品の「おまけ」のような存在ではなく、自信を持って我々の芸術の一部だと言えるようこだわっている。

 

この身につけられる標本は、これから少しずつ種類を増やしていく予定である。

 

ぜひお好みの標本をひとつ持ち歩き、ふと立ち止まっては日にかざし、休憩時間にじっくり観察し、日々の生活を彩って欲しい。

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竜の鱗

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「竜菊石」は竜の皮の化石である。

この標本は特に鱗の形や質感がはっきり残っている。

 

産地は不明──というのも、これを買った店ではトレイの上に雑に転がして売られていたのでラベルもなかった上に、店主に聞くのも忘れていたのである。

 

鉱物屋には普通の石に紛れてこうした変なものも時々売られているが、意図的なものもそうでないものも「紛れて」いるものは自分でラベルを作るしかない。例えばミネラルショーのようなところにそういうものを探しに行く際は、メモ帳とペンを用意し、産地などの情報を出来るだけ仕入れておこう。

これは……と尋ねた際に店主がニヤリとしたら、それはおそらく「意図的に混ぜている方」の店なので、店名と店の場所、店主の名前を控えておくと良いだろう。

雨雲水晶

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水晶が採れる山に、特別濃密な雨雲がかかることがある。雨雲水晶はそういう場合にできる特別な水晶である。

 

どんよりと重い雨雲は黒い綿のように見えて小さな水の粒の集まりであるからして、山の地面や岩に簡単に染み込み馴染んでしまう。それが硬い岩の中の晶洞にまで達したとき、透明な水晶は薄暗い雨雲色へと変貌を遂げるのだ。

 

水晶のある場所に低く、長く、雨雲がとどまらなければならないため、なかなか貴重な品である。雨季のない国ではめったに見つかることがない。

 

一度溶け込んだ雲は中々抜けることがないが、雨雲水晶を万全の状態で保存しようと考えるなら、晴れた日の窓辺はいけない。それこそ丈夫な木の箱に入れ、光が入り込まないようしっかりと蓋をして、引き出しの奥に押し込んでしまうのが一番なのである。

番外編:ご質問への回答 ─美大に通う利点とは?

質問箱(‪ https://peing.net/caramel_acorn )へいただいた質問の回答が長くなりましたので、こちらにまとめます。

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A. 私は高校の芸術科を卒業し、大学では金属工芸を専攻していました。右の研究員は大学の同期で、漆芸専攻でした。

 

専門教育を受ける利点は私なりの回答ですが「目」と「手」でしょうか。

 

何よりもまず、デッサンをはじめとする基礎訓練で目が鍛えられます。

「見る目が養われる」感覚を言葉で説明するのは難しいのですが、たとえば目の前に美しい夕日があるとして、普通の目でひとつ魅力を見つけられるとしたら、鍛え上げられた目では十も百も魅力を見つけられる、そんな感じです。網膜に映る映像は変わりませんが、そこから様々な要素を分析し、発見できるようになります。

この能力はものの魅力を細部まで分解して見つけられるだけでなく、自分の作品の微小な粗も発見できます。つまり「目の付け所」の幅が広がるだけでなく、隙のない完成度の高い作品を作るのにも一役買うのです。

 

手に関しては、単純に技術と言い換えてくださって結構です。

専門的な訓練を受けることによって手が自在に動くようになります。

目を鍛えて造形の美しいバランスを見極められるようになっても、その通りに手が動かないと満足いくものは出来上がりません。

 

他にも色々良いところはあると思いますが、しかしながら、専門的に勉強しなければ作家活動ができないかといえば、全くそんなことはないと思います。

先生の指導を受けることによって、尊敬する師であるからこそ振り回され、自由な発想で作れなくなってしまうという場合もあります。人それぞれです。

 

私が芸術系の学校に進学したのは将来作家活動をするためのノウハウを得るためではなく、単純に興味があったから勉強したかったというだけなので、代わりに別の勉強をしていたら、それはそれなりに創作活動の役に立っていたのではないかと思います。

 

専門的な学習以外に大事にした方がいいことですが──そうですね、これは私個人の話であって特にお勧めというわけではないのですが「美術バカにならないこと」ですね。

 

私は大学の専攻は工芸でしたが絵も描きますし、趣味はピアノで、大学生になってからバイオリン教室に通ったりもしました。作曲もしますし、読書も好きです。もちろん植物学にも興味がありますし、おもむろに宇宙物理学の専門書を読み始めたりもします。

 

簡単にいうと気が多いのですが、そういうところが巡り巡って全て役に立っているからこそ、いまの活動があるのだと思います。

 

私が思うに、美術家は美術だけではやっていけません。常に視野を広く、知識を深く、世界を見ることで本当の深い感動を生むのだと思います。

 

もし創作活動に直結しないご趣味、お好きなものがありましたら、ぜひそれは邪魔だと捨てるのではなく、大切に取っておいてほしいなと思います。

 

 

 

質問箱のご質問は、いつもはTwitterで回答しています。

https://twitter.com/CaramelAcornLab

氷の化石

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「氷の化石」というラベルが貼られた標本箱。

これは太古の昔に溶け方を忘れてしまった氷の標本である。

触れると確かにひんやりとしているが、それもごく僅か。

湯の中に入れても溶けることはない。

 

はじめて水晶を見た人類が「これは氷の化石ではないか」と考えたという話をご存知だろうか。それも無理はないことで、氷の化石と水晶は大変よく似ていて、見分けるのは至難の技である。水晶とは一般的に石英、成分にして二酸化ケイ素の結晶のことを指すが、そもそも水晶という字はそのまま読んで水の結晶を表しており、水が結晶化するのはもちろん氷点下であるので、この氷の化石こそが本物の水晶と言って差し支えないかもしれない。

 

特別冷えた早朝、窓辺にできた氷柱(つらら)を見て、持ち帰って保管したい、溶けなければいいのになどと思った経験がある方は、ぜひ氷の化石をひとつ、手に入れることをお勧めする。

 

なに、見極めさえできれば入手は簡単である。石を打っているお店へ行って、水晶のコーナーをひとつずつ舐めるように吟味し、うっかり紛れ込んだ氷の化石を見つければ良いだけの話である。