森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし

飴団栗の若琥珀

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「飴団栗の若琥珀」という名の、飴団栗の木の樹液を使った菓子である。研究員が気まぐれに製造している。

 

琥珀の「若」の意味がピンとこない方は「コーパル」で検索してみてほしい。宝石として価値が高いアンバーほど年数が経っていない若い琥珀をそう呼ぶのだが、琥珀色だけれど柔らかいところをコーパルにかけて、この名前が付けられた。

 

食感はシャリシャリとしていて、琥珀糖という菓子にかなり近い。とろりとした琥珀色に、ほんのり木の香り。大好物とまではいかないが、お茶菓子にあると嬉しい。そういう類の菓子である。

 

時々個展のレセプションパーティーなんかに持ってきているので、食べてみたい方は展示に遊びに来てほしい。作るときは予告するようにしようと思う。

後ろ向きの光

物事を前向きに考えるだけで、世界が輝いて見える。素敵な発見がある。確かにそうだ。

 

では、我々はいつも前向きでいなければならないのか?気持ちを明るくする努力をし続けねばならないのか?私はそうは思わない。

 

涙、という名前の植物がある。これには不思議な特性があって、なぜか悲しい時にしか出会うことが出来ない。

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これに関して、恐らく「涙」は何もしていないと私は考えている。どこにも移動していないし、透明になって隠れている訳でもない。

 

本当に辛い時、悲しい時、頑張っても前向きになれない時。世界は色を失って、いつもの道が全く違う風景に見えたりする。顔を上げられなくて、遠い空ではなく、近くの地面を眺めて歩く。

 

そういう、悲しい時に見えている景色の中に涙は生えるのだろう。「悲しい」という精神状態には──悲しい時には余計に──悪い面しか無いように思えるが、いつもと違うものの見方をしているということは、いつもは見えなかったものが見えているということでもあるのだ。

 

喜びの中には確かに眩しい光が溢れているが、悲しみの中には悲しみの中なりの美しい光が転がっているし、闇の中でしか見えない星だってあるのだ。

番外編:Xmasプレゼント企画

メリークリスマス!……にはまだ早いですが、本日12月3日からアドベント待降節)に入ります。

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世界中の教会がクリスマスツリーを飾りつけ、アドベント・クランツと呼ばれる特別なロウソクの最初の一本に火を灯します。来たる聖夜に向けてワクワクを降り積もらせていく、はじまりの日です。

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そんな今日から、飴色団栗研究室ではTwitterにてクリスマスプレゼント企画を開催しています。

https://mobile.twitter.com/CaramelAcornLab

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ツイッターではよくある「RT&フォローで応募完了!」というやつです。先の画像の標本が抽選で当たります。

アカウントをお持ちの方は、ぜひ参加してくださいね。

「使えない」は「もったいない」か

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これ、アクセサリーだったら欲しいのに

これだったら使えるし勿体無くないよね

どうせ使わないんだから、やめときなさい

 

使えないものは、不要なもの。

不要なものは、節約するのが正しい姿。

もったいない無駄遣いだから「欲しがるべきでない」と自分に暗示をかけている人は、存外多い。

 

使えないものが欲しいならば、せめて飾らねばならない。飾る場所がない。諦めねばならない。

 

まあ、一理ある。

 

美術の歴史を見ても、確かに「初めは」居住空間を彩るパーツとしての絵画であり、彫刻であった。使うためのものであった。

 

しかし、現代においてその概念は絶対ではないのだ。原点回帰は大切だとしても、そこに強制力などありはしないのだ。

 

あらゆるものが便利でデザイン性に優れ、簡単に手に入り、1つのものがいくつもの役割を果たせる時代である今、本当に我々を癒し、慰め、豊かにするのは「飾れもしない、使えない、必要でないもの」ではなかろうか。

 

家中ガラクタだらけになるのは困る。それはそうだ。しかし、少しのガラクタは我々に癒しをもたらすのである。

 

ガラクタはタスクをこなせと命じない。

ガラクタはきちんと使えと説教しない。

ガラクタは効率の良さを説かない。

ただそこにあって、楽しいねと笑うだけ。

 

ロクでもないものばかり買い集めろと言う訳ではない。ただ、昨日手に入れたガラクタが引き出しの奥に押し込まれていることを思い出すだけで、日々がより色鮮やかに、鼻歌でも歌えるような気分になることだってある。本当の無駄と悪くない無駄があるのだと、知っておいてほしいだけなのだ。

番外編:アンケート結果発表

先日行いましたTwitterでのアンケート結果についての発表と考察です。

研究室側がある程度傾向を把握するためのアンケートですが、皆さんもよかったら暇つぶしがてら結果をご覧ください。

なお、傾向がはっきり数字で出ましたが「自分は少数派だからお呼びじゃないのかな……?」ですとか、そんなご心配は全くもって無用でございます。マジョリティにおもねる必要は一切ありません。強く生きましょう。

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Q1.この中に好きなジャンルはありますか?
  (選べない場合はあみだくじで決めてください)

第1位 ファンタジーものに目がない (76票)

第2位 博物趣味/標本はロマン (67票)

第3位 植物/自然/森を愛します (46票)

第4位 読書/文学/本の虫は褒め言葉 (40票)

第5位 美術/工芸に関心あり (38票)

第6位 ハンドメイド/雑貨が好き (32票)

第7位 その他 (7票)

 

「どれも好きで選べな〜い♡」と言われても困るので、事前にあみだくじ選定をお願いしました。昨今の流行からファンタジー&ハンドメイド雑貨あたりにすごく偏るのではと覚悟していましたが、意外とバランスが良くて安心しました。

 

Q2.あなたの性別を教えてください(体じゃなくて心の方でお願いします)

第1位 女性 (236票)

第2位 不明/考え中/その他 (29票)

第3位 Xジェンダー (14票)

第4位 男性 (12票)

 

面白かったのは、LGBT関連の話を全然しないアートアカウントのアンケートで、男性が一番のマイノリティ枠を獲得したことですね。そうです。多数派少数派なんて、こうしていとも簡単にひっくり返るくらいのものなんです。

それにしても何故かすごく女性が多いですが、特に女性にターゲットを絞っているわけではないので、もう少しみんなが楽しめる要素を検討してみます。

 

Q3.あなたの年齢を教えてください(精神年齢で回答する場合は、出来るだけ客観的に判断してください)

第1位 20〜30代 (204票)

第2位 〜19歳 (45票)

第3位 40〜50代 (31票)

第4位 60歳〜 (0票)

 

これはツイッター人口の比率がそのまま反映されていそうな結果ですね。永遠の5歳、とかいるかもしれないと思ったので精神年齢可としました。

 

以上がアンケート結果とコメントです。

最後に、ツイッターユーザーそのものにもある程度傾向があるはず……といいますか、フォロワー欄をざっとスクロールしただけでも美術家、音楽家、物書き、それから魔女とか審神者とかハイパーレアな職種の方も結構頻繁に見受けられますので、今回の結果は少し偏っているものと思ってご覧くださいませ。

種花と占い

種から花だけが咲くから、種花。

発見された当初はそのまま「種から花」と呼ばれていた。それを省略して「種花」なのである。

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「花の遺跡ではかつて占いに使われていた」といつも紹介しているが、それ故に花の遺跡でも「種花」と呼ばれていた訳ではない。当時は「希望を読む」というような意味の言葉で呼ばれていたと判明している。

 

私個人に関して言えば占いの経験はなく、神社のおみくじも引いたことがないが、そういうものがあることで未来に希望が持てるなら、なかなか素敵な文化だと思っている。

 

これも遺跡の研究から分かったことだが「種花占い」には良い結果しかない。

 

この花が咲けば「希望は既に見えている」

この花が咲けば「涙の分だけ憂いは失われた」

この花が咲けば「安らいでいれば大丈夫」

この花が咲けば──

 

優しい言葉とともに小さな花が咲く。かつての花の遺跡の人々はそうして心を癒し、可憐な野草の生きる姿に希望を見出していたのかもしれない。

 

紋章と白衣

研究室には一応、本当に「一応」紋章がある。

帽子のないドングリ型の枠に、花の遺跡の種護紋様と冬に葉を落とした木の絵が詰め込まれている。

 

ただ、本当に紋章やロゴマークが必要なのかと言われれば、必要ないと言わざるを得ない。

看板もなければ、商品をパッケージングすることもない。SNSのアイコンは標本の写真で、制服もなければ社員証もない。名刺に刷っても良いのだが、昔作ったやつが大量に余っているためしばらく新しいものは必要ない。

 

では、なぜ紋章などというものを作ったのか?

 

言うまでもなく、なんとなくである。

 

なんとなくではあるものの、何かには使ってみたいと今のところCDジャケットにのみ使用されている。微妙な使いどころである。

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制服といえば、個展等でも着用している白衣、あれは制服ではない。


理系の方ならお分かりいただけるかもしれないが、ただの作業着である。この際言っておくが、当然採集に出かける時も白衣ではない。

イベントなどに着ていくのは「その方が"ぽい"から」「誰が作家か分かりやすいから」であって、それ以上の意味はないのである。白衣はカッコいいとか、着ていると楽しいとか、そういった感性も特に持ち合わせていない。無心である。

もしかすると偏見かもしれないが、テレビ番組で医者が白衣を着ているのも似たような理由ではないだろうか。きっと世の中そんなものである。