森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし

猫の秘密基地

先日ついに、猫の秘密基地を発見した。

 

研究室の猫は大抵、私か右の研究員の後ろをついて回っているのだが、時折姿が見えなくなることがある。猫の寝床は家中のあちこちにあるが、そのどれを覗いても見当たらないのだ。

そういう時に隠れている(?)場所を、先日ついに発見した。

二度確認して、いないと判断した場所であったが、試しに呼んでみると返事がある。

驚いて声の方へ目を向けると、こんなところに!という場所から姿を現したのだ。

 

果たしてその場所かどこであったのかは、猫の大切な秘密基地なので内緒にさせてほしい。

 

秘密基地とは、なにも人のこない林の奥のような場所でなくても良いのかもしれない。
人の目がある場所であっても、その死角を上手く利用すれば良い。

そう思えば、少し難易度の高いように思える秘密基地の製作も、少し身近に感じられるかもしれない。覚えておこう。

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今週読んだ本:『鉱物 人と文化をめぐる物語』堀 秀道  

※画像をクリックするとamazonのページに飛びます

 

堀先生は学者さんなのに文章がとても綺麗で、読み物としてもかなり良かったです。石好きはもちろん、文化や歴史に興味のある方も読んでみると面白いと思います。ある程度鉱物の基礎知識があるとより楽しめます。

 

ブログに今週読んだ本のコーナーを作ると、忙しくても読書ができるのではないかと思って始めてみました。三日坊主体質なので怪しいですが、できるだけ続けてみます。

家宝にします

「家宝にいたします」

 

とっても素敵なものを買ったり貰ったりした時によく使う言葉であるが、なんとも「奥深くに仕舞い込んで使わない」というイメージが付随する。

 

例えばそれが茶碗や皿であったなら。工芸的に見れば「もったいなくて使えない」という選択肢は非常にもったいないもので、またそれを作った職人の意にも反することが多い。

 

なぜなら茶碗や皿というのは使うためのもので、つまり手にとって口を付けて茶を飲むこと、刺身や何かを盛り付けて食卓に並べることで初めてその作品は完成するのである。

 

工芸家が作るのは茶碗や皿ではなく、使用者の生活空間なのだと言い換えても良い。大体において職人というのは「皿を購入した人の幸せ」ではなく「この皿で食事をした人の幸せ」を考えてものを作る。この皿に盛ったおかずは他のどんな皿に盛るより輝いて見えるだろう。私の茶碗で持て成されれば、自分が特別な人間のように思えるだろう。

 

それを「もったいなくて使えない」としてしまうのは、なんとも筋違いというかなんというか、何気ない日々を特別な日々にするチャンスを失っていると言えるのである。

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ただ、それはあくまでも工芸的な見方をした場合である。私個人としては「仕舞い込んで滅多に出てこない」が嫌いではない。むしろ好き、いや大好きかもしれない。

 

世の中に「使わないともったいない」「使えないならいらない」という堅実だがどこか味気ない価値観が蔓延している中で、「使えるのに使わない」という選択をすることの、何と特別で贅沢なことか。それは本来の用途を封じられ、持ち主によって「宝物」という用途を与えられたのだ。家宝を家宝と定めるのは大体大人であろうから、多くの大人にそういう行動をとらせるというそれは、とても価値あるものであることを証明しているとも言えよう。

 

子供の頃は、拾った木の実であるとか小石であるとかガラスのかけらであるとか、そういうものを誰もが宝物にできた。そこに使えるか使えないかなんて全く関係がなかった。

 

ただ、多くの大人はなぜかそれができない。ガラクタは処分し、使えないものは購入を諦め、道端に落ちているものは拾わない。そういう人間になってしまった者たちに、用途があるにも関わらず、使わずにしまいこませることに成功するとは。故に、私は「使わない家宝」に惜しみない賛辞を贈りたいのである。

タンポポ

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タンポポ、という名前を考えた人は天才だと常々思っている。春の日差しを花にしたらこんな風になるだろうというようなこの黄色い花に、これほどふさわしい響きの名前が他にあるだろうか。

 

タンポポは綿毛もまた素晴らしい。これほど儚くて丸いふわふわを私は他に知らない。このふわふわを崩さないように瓶や何かに入れて保存しておきたいと何度も思ったが、いや、これは長く伸ばした茎の先で風に揺れているからこそこんなにも美しいのだと、その度に思い直している。

 

私には、毎年楽しみにしているタンポポ畑が三箇所ほどある。写真はその一つで、日当たりも風通しも良い素晴らしい場所である。

 

連休は都会に遊びに行くのも良いが、タンポポをゆっくりと愛でるのもまた良いかもしれない。そういうこともまた、時間と気持ちに余裕のあるときにしたできないことである。

 

「へんなもの」

世の中には、都合よくへんなものが集まっている場所というのが時々ある。

天敵がいない小さな島の生き物が野生とは思えないくらいのんびりしていたり、長く閉ざされていた洞窟に巨大な結晶が育っていたり、そういうものの周りにあるものは、やっぱり少し変わっていたりする。

 

「森」もそのひとつである。

我々は敬意を込めてその場所をカギカッコをつけて「森」と呼ぶが、「世界の奥の森」とか「近くて遠い森」とか「七つの星の森」とか呼ぶ人もいる。

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へんなものが育つのにちょうど良い環境をしているために数多く集まっているが、そこは決して異世界ではない。ただ、都合よくへんなものが集まっているだけなのだ。

では、「へんなもの」とはなんだろうか。いや、「この世にへんなものなんてない」という話がしたいわけではない。へんなものは、人によって違うのである。

 

たとえば「タビビトノキ」という植物がある。ご存知ない方は検索してみるといい。木も、花も、実も、私にしてみれば相当変である。ファンタジー映画の背景に生えているやつにしか見えない。だが、その地で生まれ育った人にとっては見慣れたもので、その人にとってはきっと、日本の桜の方が幻想的で不思議な植物なのだ。妖精の作った木だと思うかもしれない。

 

そうやって視点を変えて、いろいろなものを見て欲しい。

「私がこれを今初めて見たとしたら、美しいと思うだろうか」道端の花をそう思って観察して欲しい。

 

我々は自らが特別なものと思ったものを研究し、標本にしている。「へんなもの」が特別面白いのは間違いない。しかしそれと同時に、自分にとって「へんでない」「当たり前」のものも、見方を変えればまた特別になりうるのだと、気づいて欲しいのだ。

自宅カフェで仕事は捗るか

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カフェに行くと仕事が捗る。

仕事は捗るが、食費が嵩む。

長居をするのも気がひける。

たまには良いが、毎週はちょっと。

 

そう思ったので、研究室(作業部屋)の片隅にカフェスペースを作った。

椅子は既製品だが、テーブルは手作りである。テーブルの下にあるのは猫用の椅子だ。飲み物やお菓子の準備を終えて席に着くと、後ろを付いてきていた猫がここに収まる。ここは猫カフェなのである。

床にはとりあえず板が敷いてある。少し段差をつけて空間を区切ることで、より気分が切り替わる。いずれもう少し手を加える予定だ。

 

上手く選べば家具も以外と安く手に入るもので、費用は案外かからない。カフェで長居をするためにケーキと少し大きめのカップで飲み物を頼むことを考えれば、数回で元が取れる。

 

好みの音楽をかけて、少し綺麗な食器やカトラリーを使えば、自分で淹れたお茶でも充分楽しめる。

 

ここで仕事を捗らせるコツは、極力足りない荷物を別室に取りに行かないことだ。居住スペースとの繋がりを意識してしまうと、自宅気分に戻ってしまう。あくまでもカフェに行くつもりで、必要な荷物は全て事前に用意しておくのだ。

 

今回はカフェを作ったが、図書館でも仕事や勉強が捗るので、いずれは素敵な書斎も作りたいものである。

ドングリ

熱心に探さずともコロコロとそこら中に見つけることができる秋と違って、春の地面に美しいドングリを見出すのはなかなか難しい。

何かの拍子に潰れて朽ちてしまったり、ふやけてひび割れてしまったり、しっかりと落ち葉の下に隠れて芽吹きの時を待っていたり、あるいは動物に持ち去られたり。もちろん虫のゆりかごになっているものも多い。

 

そんな中で、先日幸運にも見つけることができたのが、この風変わりなドングリである。

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一見して艶々と美しい普通のドングリだが、良く見ると少し透けているのがお分かりだろうか。

一体なぜこのドングリはこんな風になったのか理由を探ろうにも、親と思われる木には実も残っていなければまだ葉もほとんど出ていない。

ひとまずこのドングリを研究室の名前から取って「飴色団栗」と呼ぶことにした。

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今年の秋は、このドングリの研究に費やされることだろう。

妖精の棲家

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淡い青緑色の浅瀬が続く海岸から少し歩いたところにある森の入り口には、たまに貝殻が転がっている。白い砂浜から草の生い茂った土へと変わり、満潮時の波も届かない場所に落ちている貝殻は、いい具合に木の根のくぼみに嵌められていたり、茂みの中に押し込まれていたりする。

 

貝殻は妖精にとって優良物件なのである。

 

妖精といっても、体調はおよそ3ミリと小さく、知能もさほど高くなければ魔法も使わない。彼らは土を練って一見してレンガの建物のような巣を作る。目の細かい土を練ったもの、要するに粘土なので当然水に濡れると溶ける。故に雨の当たらない木の陰などに棲家を作り、それでも壊れた場合はその都度作り直しながら生活している。

 

そんな妖精の棲家が空き家になったものを採集したものが、この標本なのである。