森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし

自宅カフェで仕事は捗るか

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カフェに行くと仕事が捗る。

仕事は捗るが、食費が嵩む。

長居をするのも気がひける。

たまには良いが、毎週はちょっと。

 

そう思ったので、研究室(作業部屋)の片隅にカフェスペースを作った。

椅子は既製品だが、テーブルは手作りである。テーブルの下にあるのは猫用の椅子だ。飲み物やお菓子の準備を終えて席に着くと、後ろを付いてきていた猫がここに収まる。ここは猫カフェなのである。

床にはとりあえず板が敷いてある。少し段差をつけて空間を区切ることで、より気分が切り替わる。いずれもう少し手を加える予定だ。

 

上手く選べば家具も以外と安く手に入るもので、費用は案外かからない。カフェで長居をするためにケーキと少し大きめのカップで飲み物を頼むことを考えれば、数回で元が取れる。

 

好みの音楽をかけて、少し綺麗な食器やカトラリーを使えば、自分で淹れたお茶でも充分楽しめる。

 

ここで仕事を捗らせるコツは、極力足りない荷物を別室に取りに行かないことだ。居住スペースとの繋がりを意識してしまうと、自宅気分に戻ってしまう。あくまでもカフェに行くつもりで、必要な荷物は全て事前に用意しておくのだ。

 

今回はカフェを作ったが、図書館でも仕事や勉強が捗るので、いずれは素敵な書斎も作りたいものである。

ドングリ

熱心に探さずともコロコロとそこら中に見つけることができる秋と違って、春の地面に美しいドングリを見出すのはなかなか難しい。

何かの拍子に潰れて朽ちてしまったり、ふやけてひび割れてしまったり、しっかりと落ち葉の下に隠れて芽吹きの時を待っていたり、あるいは動物に持ち去られたり。もちろん虫のゆりかごになっているものも多い。

 

そんな中で、先日幸運にも見つけることができたのが、この風変わりなドングリである。

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一見して艶々と美しい普通のドングリだが、良く見ると少し透けているのがお分かりだろうか。

一体なぜこのドングリはこんな風になったのか理由を探ろうにも、親と思われる木には実も残っていなければまだ葉もほとんど出ていない。

ひとまずこのドングリを研究室の名前から取って「飴色団栗」と呼ぶことにした。

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今年の秋は、このドングリの研究に費やされることだろう。

妖精の棲家

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淡い青緑色の浅瀬が続く海岸から少し歩いたところにある森の入り口には、たまに貝殻が転がっている。白い砂浜から草の生い茂った土へと変わり、満潮時の波も届かない場所に落ちている貝殻は、いい具合に木の根のくぼみに嵌められていたり、茂みの中に押し込まれていたりする。

 

貝殻は妖精にとって優良物件なのである。

 

妖精といっても、体調はおよそ3ミリと小さく、知能もさほど高くなければ魔法も使わない。彼らは土を練って一見してレンガの建物のような巣を作る。目の細かい土を練ったもの、要するに粘土なので当然水に濡れると溶ける。故に雨の当たらない木の陰などに棲家を作り、それでも壊れた場合はその都度作り直しながら生活している。

 

そんな妖精の棲家が空き家になったものを採集したものが、この標本なのである。

 

氷の化石と水晶と

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例えばこれを水晶と思うか氷の化石と思うかは、全くの自由である。

 

かつて、水が徹底的に凍って石になってしまったと信じられてきたものが実は鉱物だったと突き止められた時、そこに立ち会った人物はきっと自然の崇高さに想いを馳せただろう。こんな美しいものが石だなんて、なんて凄いことだろう。

 

あるいは、石だ石だと言われてそれを素直に信じてきた誰かが、実は水晶に混じって本物の氷の化石を手に入れたと知った時、その人物もまた、自然の不思議さに圧倒されるだろう。こんな面白いことが、こんな身近にあるなんて。

 

研究室はどちらかというと「水晶」よりも「氷の化石」をお見せする立場にあるが、それは推奨ではなく提案である。慣れきって気にも留めなくなった日常に突如舞い込んだ不思議を堪能しても良い。そこに疑問を持ち、吟味し、分析し、自分なりの真実を探しても良い。

 

大切なのは、自分が世界と関わる中で何に心を動かされ、何をもって感動するのか、それを知ることである。

 

ありふれたものを見つめ直し、細かく分析し、考え知ることで楽しくなれることもある。見慣れたものの中に不思議が紛れ込んでいるかもと思うと、途端に世界が変わって見える日もある。

 

あなたが美しいと思うものは何か。

 

ぼんやりとしていても気づく美しさというのは、本当に圧倒的なもので、なおかつあなたが見慣れていないものだけである。旅に出て、普段と違う経験をすることで出会えることが多いが、非日常でない小さくて優しい美しさならば、実はそのあたりに普通に転がっている。

 

それを見つけるためには、ぼんやりとしていてはいけない。常にアンテナを張って、そこら中に美しいものが転がっているはずだという前提で、ものを見なければならない。

 

わたしの美しいと思うものは何か。

わたしは何が好きで、何に感動し、何に喜びを感じるのか。

 

それを探し、見つけ、自らそれを選択することで、つまらない日常の中からも何かを拾うことができるのである。

浅瀬の翠

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本当に特別な色というのは、長い年月を経ると宝石になるのだという。

 

以前「沼底の碧」という標本を紹介したが、これはそれと似た標本で、エメラルドグリーンに輝く浅い海の翠色が堆積し、石になった「浅瀬の翠」という標本である。

 

研究室のカメラはなぜか何を撮っても少し青みがかって写るようで、実際はもう少し緑みの強い色をしている。また、「浅瀬の翠」の中でも最近仕入れたこれは特に青い方で、海の色が場所や時間によって変化するように、鮮やかな水色から黄緑に近いようなものまで色々あるそうだ。

 

研究室の鉱物標本の中には自分で採集したものもあるが、この「浅瀬の翠」は鉱物専門店で手に入れた。氷の化石が水晶として売られていることがあるように、石屋の扱う標本にはそう低くない確率で風変わりなものが紛れ込んでいる。

 

なかなか山や海に採集に出かける余裕のない方は、そうした店に掘り出し物を探しに行くのもロマンがあるのではないだろうか。

飴団栗の琥珀

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飴でできた木の実が実る「飴団栗」という木があるが、これはその飴団栗の樹液が化石になった琥珀である。

 

化石になってしまえばもはや口に含んで溶けることもないので、普通の琥珀と大きな違いがあるわけではないが、それは大した問題ではない。

 

化石の魅力とはその姿形だけではなく、そこから太古の昔の情景を想像させるところにもある。

 

飴団栗の琥珀を手に入れたあなたはきっとそれを光に透かして眺めながら、風に揺れきらめく飴の実とその樹液の味と、木の周りにほんのりと漂う甘い香りを想像するだろう。

 

化石に限らず、標本の価値の半分はあなたの想像力と、魅力を見つけ感じ取る感性に委ねられている。

 

そして、あなたの持つ半分が磨き上げられ高められた時、標本の価値もまたこの世に二つとないところまで高まるのである。

綿雲の樹

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風通しの良い丘の上に、その木はある。

 

まるで巨大な綿菓子のような白いもこもこは、葉が変化したものではないかと思われる。

千切って食べるとほんのり甘く、ほんのり青くさく、綿菓子と違って口の中に繊維が残る。

 

雨上がりは少し萎んでいるが、暖かい日を浴びると再びもこもこに戻る。

綿雲の木は常緑樹のようだ。真っ白なのに常「緑」というのは違和感があるが、秋が来ても冬が来ても、青空を背に、ふんわりと雲が浮かぶように、いつもそこにある。

 

その姿はのんびりとしていて、人はこの木を見ると、理由もわからないまま癒されてしまうのである。