森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし。毎週金曜日夜9時ごろ更新。

おはなし

重さ

人間は重いものほど価値が高いように感じる、という話をどこかで聞いたことがある。確かに、思い当たる節は多い。 ペラペラの封筒より分厚い紙箱。紙箱より木箱。大きな木箱より金属の小箱。樹脂よりガラス。アルミより鉄。軽いキャベツより重いキャベツ……は…

標本なのか作品なのか

生成色の厚紙に、紙のテープでとめる。 厚すぎるものは、糸で縫い付ける。 壊れやすいこれは、採集したその場で紙箱に接着剤で固定する。 ラベルは右下、紙の端から1センチ。 表記は上から順番に、タイトル、科名、学名、和名…… 標本というのは、研究所や博…

粒飴

粒飴、英名をCantiny という。 飴団栗と近い種で、しかし飴団栗よりもずっと小さい、小指の爪の先ほどの大きさの実がなる。 現在この粒飴の木は「森」に一本しか発見されていない。非常に珍しいように思えるが、実は飴団栗の仲間にはこのようなものが多い。…

「沼底の碧」の鑑定方法

「沼底の碧」の標本 これは、青い沼の碧色が長い時をかけて堆積し、宝石になったものです。 我々は、自ら鉱物の採集を行うことは滅多にありません。この標本もお店で購入したものです。しかし、勿論これは「沼底の碧」という名前で販売されていたものではあ…

たからもの

あなたにとって、宝物とはどのような存在だろうか。 私にとっての宝物は、形と物語の間にある。 見た目が美しいというのは、大切な要素である。綺麗なものはそれだけで幸せを生む。ずっと大切にしたくなる。それは理屈ではなく、ただそうしたいと思わせる力…

今回採集に訪れたのは、遠くに佐渡島が見える新潟の海である。海岸へ降りると、まずは手頃な棒を拾う。採集において、棒は重要である。得体の知れないものをつついたり、砂の中から目当てのものを掘り出したり、振り回して遊んだりする。山ならば杖にしても…

猫の秘密基地

先日ついに、猫の秘密基地を発見した。 研究室の猫は大抵、私か右の研究員の後ろをついて回っているのだが、時折姿が見えなくなることがある。猫の寝床は家中のあちこちにあるが、そのどれを覗いても見当たらないのだ。 そういう時に隠れている(?)場所を…

家宝にします

「家宝にいたします」 とっても素敵なものを買ったり貰ったりした時によく使う言葉であるが、なんとも「奥深くに仕舞い込んで使わない」というイメージが付随する。 例えばそれが茶碗や皿であったなら。工芸的に見れば「もったいなくて使えない」という選択…

タンポポ

タンポポ、という名前を考えた人は天才だと常々思っている。春の日差しを花にしたらこんな風になるだろうというようなこの黄色い花に、これほどふさわしい響きの名前が他にあるだろうか。 タンポポは綿毛もまた素晴らしい。これほど儚くて丸いふわふわを私は…

「へんなもの」

世の中には、都合よくへんなものが集まっている場所というのが時々ある。 天敵がいない小さな島の生き物が野生とは思えないくらいのんびりしていたり、長く閉ざされていた洞窟に巨大な結晶が育っていたり、そういうものの周りにあるものは、やっぱり少し変わ…

ドングリ

熱心に探さずともコロコロとそこら中に見つけることができる秋と違って、春の地面に美しいドングリを見出すのはなかなか難しい。 何かの拍子に潰れて朽ちてしまったり、ふやけてひび割れてしまったり、しっかりと落ち葉の下に隠れて芽吹きの時を待っていたり…

妖精の棲家

淡い青緑色の浅瀬が続く海岸から少し歩いたところにある森の入り口には、たまに貝殻が転がっている。白い砂浜から草の生い茂った土へと変わり、満潮時の波も届かない場所に落ちている貝殻は、いい具合に木の根のくぼみに嵌められていたり、茂みの中に押し込…

氷の化石と水晶と

例えばこれを水晶と思うか氷の化石と思うかは、全くの自由である。 かつて、水が徹底的に凍って石になってしまったと信じられてきたものが実は鉱物だったと突き止められた時、そこに立ち会った人物はきっと自然の崇高さに想いを馳せただろう。こんな美しいも…

浅瀬の翠

本当に特別な色というのは、長い年月を経ると宝石になるのだという。 以前「沼底の碧」という標本を紹介したが、これはそれと似た標本で、エメラルドグリーンに輝く浅い海の翠色が堆積し、石になった「浅瀬の翠」という標本である。 研究室のカメラはなぜか…

飴団栗の琥珀

飴でできた木の実が実る「飴団栗」という木があるが、これはその飴団栗の樹液が化石になった琥珀である。 化石になってしまえばもはや口に含んで溶けることもないので、普通の琥珀と大きな違いがあるわけではないが、それは大した問題ではない。 化石の魅力…

綿雲の樹

風通しの良い丘の上に、その木はある。 まるで巨大な綿菓子のような白いもこもこは、葉が変化したものではないかと思われる。 千切って食べるとほんのり甘く、ほんのり青くさく、綿菓子と違って口の中に繊維が残る。 雨上がりは少し萎んでいるが、暖かい日を…

竜の雛

どこからともなく、かさこそと小さな音が聞こえる。 これが耳慣れない音ならば虫かネズミでもいるのかと警戒するところだが、研究室ではよく聞く類の音である。 猫か、竜か、どちらかだ。 今回は音の質からして竜の雛のようである。 作業机の引き出しの陰を…

龍の鱗

「龍菊石」は龍の皮の化石である。 この標本は特に鱗の形や質感がはっきり残っている。 産地は不明──というのも、これを買った店ではトレイの上に雑に転がして売られていたのでラベルもなかった上に、店主に聞くのも忘れていたのである。 鉱物屋には普通の石…

雨雲水晶

水晶が採れる山に、特別濃密な雨雲がかかることがある。雨雲水晶はそういう場合にできる特別な水晶である。 どんよりと重い雨雲は黒い綿のように見えて小さな水の粒の集まりであるからして、山の地面や岩に簡単に染み込み馴染んでしまう。それが硬い岩の中の…

氷の化石

「氷の化石」というラベルが貼られた標本箱。 これは太古の昔に溶け方を忘れてしまった氷の標本である。 触れると確かにひんやりとしているが、それもごく僅か。 湯の中に入れても溶けることはない。 はじめて水晶を見た人類が「これは氷の化石ではないか」…

沼底の碧

「沼底の碧 沼底に溜まった碧が結晶化したもの」というラベルの貼られた標本箱がある。最近研究員が趣味で集め始めた鉱物標本である。 中にはラベルの通り少し緑がかった青い石が入っている。沼の底に溜まっている色の類の中でもかなり美しい部類に入る結晶…

母岩草

母岩という言葉をご存知だろうか。では結晶は?鉱物の結晶が生えている、その母体となっている岩のことを母岩と呼ぶ。ぼがん、と発音する。 母岩草という名前は、そのトゲのある浮き袋の中に結晶が育ち、まさに草が母岩の役目を果たしているところから来てい…

飴団栗の若琥珀

「飴団栗の若琥珀」という名の、飴団栗の木の樹液を使った菓子である。研究員が気まぐれに製造している。 若琥珀の「若」の意味がピンとこない方は「コーパル」で検索してみてほしい。宝石として価値が高いアンバーほど年数が経っていない若い琥珀をそう呼ぶ…

後ろ向きの光

物事を前向きに考えるだけで、世界が輝いて見える。素敵な発見がある。確かにそうだ。 では、我々はいつも前向きでいなければならないのか?気持ちを明るくする努力をし続けねばならないのか?私はそうは思わない。 涙、という名前の植物がある。これには不…

「使えない」は「もったいない」か

これ、アクセサリーだったら欲しいのに これだったら使えるし勿体無くないよね どうせ使わないんだから、やめときなさい 使えないものは、不要なもの。 不要なものは、節約するのが正しい姿。 もったいない無駄遣いだから「欲しがるべきでない」と自分に暗示…

種花と占い

種から花だけが咲くから、種花。 発見された当初はそのまま「種から花」と呼ばれていた。それを省略して「種花」なのである。 「花の遺跡ではかつて占いに使われていた」といつも紹介しているが、それ故に花の遺跡でも「種花」と呼ばれていた訳ではない。当…

紋章と白衣

研究室には一応、本当に「一応」紋章がある。 帽子のないドングリ型の枠に、花の遺跡の種護紋様と冬に葉を落とした木の絵が詰め込まれている。 ただ、本当に紋章やロゴマークが必要なのかと言われれば、必要ないと言わざるを得ない。 看板もなければ、商品を…

秋と芸術と

今週のお題「芸術の秋」 「標本」に纏わる芸術活動を始めたのも、また秋であった。 それまで私達は「研究員」ではなく「工芸家」で、大学で学んだノウハウを元に「生活を彩り豊かにするもの」であるとか「ひとに喜ばれるもの」「便利で使いやすいもの」とか…

試験管標本の作り方

鉛筆の先を尖らせて、細く切った紙に学名やら採集日やらを書きつける。手首の角度がどうにも不自然なのは左利きの宿命である。 鉛筆の芯はやたら長く出ている。円錐型に削られた木の部分から芯だけが1センチ近く伸び、その芯の先端だけが小さな鉛筆のように…

博士、聞いてます?

──そしてこれがその、標本箱に見えるアートブックなわけです。 ──その前に、アートブックとは具体的に何を指すのだね。 ──単純に画集のことを指すこともあれば、本の形態をした芸術作品のことを指すこともあります。 ──本の形態をした芸術作品。 ──ケルズの…