森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし

おはなし

自宅カフェで仕事は捗るか

カフェに行くと仕事が捗る。 仕事は捗るが、食費が嵩む。 長居をするのも気がひける。 たまには良いが、毎週はちょっと。 そう思ったので、研究室(作業部屋)の片隅にカフェスペースを作った。 椅子は既製品だが、テーブルは手作りである。テーブルの下にあ…

ドングリ

熱心に探さずともコロコロとそこら中に見つけることができる秋と違って、春の地面に美しいドングリを見出すのはなかなか難しい。 何かの拍子に潰れて朽ちてしまったり、ふやけてひび割れてしまったり、しっかりと落ち葉の下に隠れて芽吹きの時を待っていたり…

妖精の棲家

淡い青緑色の浅瀬が続く海岸から少し歩いたところにある森の入り口には、たまに貝殻が転がっている。白い砂浜から草の生い茂った土へと変わり、満潮時の波も届かない場所に落ちている貝殻は、いい具合に木の根のくぼみに嵌められていたり、茂みの中に押し込…

氷の化石と水晶と

例えばこれを水晶と思うか氷の化石と思うかは、全くの自由である。 かつて、水が徹底的に凍って石になってしまったと信じられてきたものが実は鉱物だったと突き止められた時、そこに立ち会った人物はきっと自然の崇高さに想いを馳せただろう。こんな美しいも…

浅瀬の翠

本当に特別な色というのは、長い年月を経ると宝石になるのだという。 以前「沼底の碧」という標本を紹介したが、これはそれと似た標本で、エメラルドグリーンに輝く浅い海の翠色が堆積し、石になった「浅瀬の翠」という標本である。 研究室のカメラはなぜか…

綿雲の樹

風通しの良い丘の上に、その木はある。 まるで巨大な綿菓子のような白いもこもこは、葉が変化したものではないかと思われる。 千切って食べるとほんのり甘く、ほんのり青くさく、綿菓子と違って口の中に繊維が残る。 雨上がりは少し萎んでいるが、暖かい日を…

竜の雛

どこからともなく、かさこそと小さな音が聞こえる。 これが耳慣れない音ならば虫かネズミでもいるのかと警戒するところだが、研究室ではよく聞く類の音である。 猫か、竜か、どちらかだ。 今回は音の質からして竜の雛のようである。 作業机の引き出しの陰を…

龍の鱗

「龍菊石」は龍の皮の化石である。 この標本は特に鱗の形や質感がはっきり残っている。 産地は不明──というのも、これを買った店ではトレイの上に雑に転がして売られていたのでラベルもなかった上に、店主に聞くのも忘れていたのである。 鉱物屋には普通の石…

雨雲水晶

水晶が採れる山に、特別濃密な雨雲がかかることがある。雨雲水晶はそういう場合にできる特別な水晶である。 どんよりと重い雨雲は黒い綿のように見えて小さな水の粒の集まりであるからして、山の地面や岩に簡単に染み込み馴染んでしまう。それが硬い岩の中の…

氷の化石

「氷の化石」というラベルが貼られた標本箱。 これは太古の昔に溶け方を忘れてしまった氷の標本である。 触れると確かにひんやりとしているが、それもごく僅か。 湯の中に入れても溶けることはない。 はじめて水晶を見た人類が「これは氷の化石ではないか」…

沼底の碧

「沼底の碧 沼底に溜まった碧が結晶化したもの」というラベルの貼られた標本箱がある。最近研究員が趣味で集め始めた鉱物標本である。 中にはラベルの通り少し緑がかった青い石が入っている。沼の底に溜まっている色の類の中でもかなり美しい部類に入る結晶…

母岩草

母岩という言葉をご存知だろうか。では結晶は?鉱物の結晶が生えている、その母体となっている岩のことを母岩と呼ぶ。ぼがん、と発音する。 母岩草という名前は、そのトゲのある浮き袋の中に結晶が育ち、まさに草が母岩の役目を果たしているところから来てい…

飴団栗の若琥珀

「飴団栗の若琥珀」という名の、飴団栗の木の樹液を使った菓子である。研究員が気まぐれに製造している。 若琥珀の「若」の意味がピンとこない方は「コーパル」で検索してみてほしい。宝石として価値が高いアンバーほど年数が経っていない若い琥珀をそう呼ぶ…

後ろ向きの光

物事を前向きに考えるだけで、世界が輝いて見える。素敵な発見がある。確かにそうだ。 では、我々はいつも前向きでいなければならないのか?気持ちを明るくする努力をし続けねばならないのか?私はそうは思わない。 涙、という名前の植物がある。これには不…

「使えない」は「もったいない」か

これ、アクセサリーだったら欲しいのに これだったら使えるし勿体無くないよね どうせ使わないんだから、やめときなさい 使えないものは、不要なもの。 不要なものは、節約するのが正しい姿。 もったいない無駄遣いだから「欲しがるべきでない」と自分に暗示…

種花と占い

種から花だけが咲くから、種花。 発見された当初はそのまま「種から花」と呼ばれていた。それを省略して「種花」なのである。 「花の遺跡ではかつて占いに使われていた」といつも紹介しているが、それ故に花の遺跡でも「種花」と呼ばれていた訳ではない。当…

紋章と白衣

研究室には一応、本当に「一応」紋章がある。 帽子のないドングリ型の枠に、花の遺跡の種護紋様と冬に葉を落とした木の絵が詰め込まれている。 ただ、本当に紋章やロゴマークが必要なのかと言われれば、必要ないと言わざるを得ない。 看板もなければ、商品を…

秋と芸術と

今週のお題「芸術の秋」 「標本」に纏わる芸術活動を始めたのも、また秋であった。 それまで私達は「研究員」ではなく「工芸家」で、大学で学んだノウハウを元に「生活を彩り豊かにするもの」であるとか「ひとに喜ばれるもの」「便利で使いやすいもの」とか…

試験管標本の作り方

鉛筆の先を尖らせて、細く切った紙に学名やら採集日やらを書きつける。手首の角度がどうにも不自然なのは左利きの宿命である。 鉛筆の芯はやたら長く出ている。円錐型に削られた木の部分から芯だけが1センチ近く伸び、その芯の先端だけが小さな鉛筆のように…

博士、聞いてます?

──そしてこれがその、標本箱に見えるアートブックなわけです。 ──その前に、アートブックとは具体的に何を指すのだね。 ──単純に画集のことを指すこともあれば、本の形態をした芸術作品のことを指すこともあります。 ──本の形態をした芸術作品。 ──ケルズの…

標本箱の種類─蓋付き

引き出しの隅に置いておくのにこれほど適した箱も中々ない。 木の箱に木の蓋。もちろん板が乗せてあるだけではなく、きちんと嵌るように細工されている。 丁寧に作られてはいるが、素材もつくりもさほど高価なものではない。ショウケースに入れて置くには何…

標本箱の種類─紙箱いり木箱

木箱の中が紙箱で仕切られている標本箱である。 仕切りのある標本箱のいうのは往々にして仕切りも木で作られているが、時にはこうして、引き出しの中をお菓子の箱で区切るように紙箱で仕切ってみるというのも良い。木枠よりもずっと薄く、繊細で、風合いもま…

標本箱の種類─額縁風

壁にかけるのにこれほど──と始めたいところだが、これは壁に掛けられるようにできていないのだ。一体何故だろうか。それはこの箱が部屋や壁を装飾するものではなく、ただ標本を引き立たせる為だけのものだからである。 写真の箱は黒に近いこげ茶に金という取…

FP(フォレストポイント)

今週のお題「私の癒やし」 ありきたりかも知れないが、私にとって癒しといえば森である。 ゲームなどでは自らの状態を数値化したものとしてHP・MPなどという表現があり、それはどうも体力や精神力の残量を示しているらしいが、私にはそれに加えてFP(フォレ…

苔と腐蝕と

以前撮影した写真だが、錆びて朽ち始めた鉄製の側溝の蓋の周りに、ぽこぽこと丸い苔がたくさん生えている。 私はこれを見て「もこもこの生きものがビスケットのように鉄をかじっているみたいだ」と思ったから撮影したわけだが、まあそれは置いておくとしよう…

妖精の棲家

貝殻に作られた妖精の巣……もとい妖精の棲家である。貝殻は人気の物件で、水辺故かよく見ると苔生している。 煉瓦造りのような見た目から「巣」ではなく「棲家」と呼んでいるが、「家」という言い方をしないのは、妖精の生態にある。 彼等は確かに羽の生えた…

光る飴

飴団栗は、差し込む光の角度や強さによって、稀に内側から輝いているような光りかたをする。発光する性質はないし、中に電球が仕込んであったりもしない。薄暗い標本箱の中でキラリと光を発する様を見つけた時は、中々に運が良い。 飴団栗はその名の通り飴で…

試験管立て

(旧) 新しい試験管立てが完成した。以前のものは四角い箱に突き刺さっているようなデザインだったが、標本によっては横のラインが邪魔になるのと、一本用のものが多少繊細さに欠けるため、新しくより繊細なデザインが開発された。 (新) 素材は真鍮と紫檀…

標本室の朝

曇りの日の朝日というのは、独特の色をしている。どんよりとした雲の色と清々しい朝の光の色が混ざり合って、憂鬱なようなそうでもないような、散歩をするよりは読書をしたい、そんな色になる。 片付け上手が一人もいないため、標本室も研究室もいつも標本が…

彼岸花

「彼岸花」というより、「草花火」と呼びたい。 人によってはこの花を冥界の入り口に咲く花のように扱うが、私はこれを、見つけると嬉しい可愛い花として認識している。タンポポみたいにどこにでもあるやつではなくて、ちょっとレア度の高い野苺とかの仲間だ…