森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし

こどもごころ

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 流れる雲の形を見ているだけで幼い頃は随分と時間を潰せたものだが、今はなかなかそうもいかない。

 

刻々と形を変える雲を眺める楽しみは知っているが、全く同じように楽しいかと問われれば、そこまで夢中にはなっていないと答えざるを得ない。

 

こうして「感情」が「知識」へと移り変わった瞬間に、子ども心というのは少しずつ失われているのかもしれないと思う。

 

子どもは「未熟な大人」ではない。子どもは子どもという素晴らしい能力を持った生き物だ──というルソーの考え方が私は好きだが、既に知識と化したものを感情として取り戻すのは、大人となってしまった私には不可能なのだろうか。

 

否、と言い切ることはできないが、否と答えたい。守るものができた我々大人には捨てたくとも失えないものが多々あるが、雲を心底夢中で眺めることくらいは可能なはずだ。

 

さて、その雲に再び夢中になる方法については私もまだ検討中だ。なにか発見があれば発表するし、既に発見している方は教えてほしい。