森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし。毎週金曜日夜9時ごろ更新。

氷の化石と水晶と

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例えばこれを水晶と思うか氷の化石と思うかは、全くの自由である。

 

かつて、水が徹底的に凍って石になってしまったと信じられてきたものが実は鉱物だったと突き止められた時、そこに立ち会った人物はきっと自然の崇高さに想いを馳せただろう。こんな美しいものが石だなんて、なんて凄いことだろう。

 

あるいは、石だ石だと言われてそれを素直に信じてきた誰かが、実は水晶に混じって本物の氷の化石を手に入れたと知った時、その人物もまた、自然の不思議さに圧倒されるだろう。こんな面白いことが、こんな身近にあるなんて。

 

研究室はどちらかというと「水晶」よりも「氷の化石」をお見せする立場にあるが、それは推奨ではなく提案である。慣れきって気にも留めなくなった日常に突如舞い込んだ不思議を堪能しても良い。そこに疑問を持ち、吟味し、分析し、自分なりの真実を探しても良い。

 

大切なのは、自分が世界と関わる中で何に心を動かされ、何をもって感動するのか、それを知ることである。

 

ありふれたものを見つめ直し、細かく分析し、考え知ることで楽しくなれることもある。見慣れたものの中に不思議が紛れ込んでいるかもと思うと、途端に世界が変わって見える日もある。

 

あなたが美しいと思うものは何か。

 

ぼんやりとしていても気づく美しさというのは、本当に圧倒的なもので、なおかつあなたが見慣れていないものだけである。旅に出て、普段と違う経験をすることで出会えることが多いが、非日常でない小さくて優しい美しさならば、実はそのあたりに普通に転がっている。

 

それを見つけるためには、ぼんやりとしていてはいけない。常にアンテナを張って、そこら中に美しいものが転がっているはずだという前提で、ものを見なければならない。

 

わたしの美しいと思うものは何か。

わたしは何が好きで、何に感動し、何に喜びを感じるのか。

 

それを探し、見つけ、自らそれを選択することで、つまらない日常の中からも何かを拾うことができるのである。