森のなかの標本室

不思議な標本を作るアートユニット「飴色団栗研究室」にまつわるちょっとしたおはなし。毎週金曜日夜9時ごろ更新。

標本なのか作品なのか

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生成色の厚紙に、紙のテープでとめる。

厚すぎるものは、糸で縫い付ける。

壊れやすいこれは、採集したその場で紙箱に接着剤で固定する。

ラベルは右下、紙の端から1センチ。

表記は上から順番に、タイトル、科名、学名、和名……

 

標本というのは、研究所や博物館ごとに少しずつ差はあれど、そうしたルールのもとに作られる。

そうすることで管理をより容易にし、また経験の浅い者でも精度の高い仕事ができるようになる。

 

しかし、飴色団栗研究室の標本は、そういったルールに従わないものも多い。白系統の中性紙ではなく茶色いパラフィン紙を使ったりするし、板に直接接着したりもする。花は押し花にせず、独自の不可解な技術で立体のまま液浸にもせず瓶詰めにしたりする。

 

それはなぜか。

 

それは、研究室の母体である樫研究所が変なのもあるが、飴色団栗研究室が自然科学の研究室ではなく、芸術の研究室であるというところが大きい。

 

つまり飴色団栗研究室の研究員は、「樫研究所」の一員としてへんてこな植物や遺跡を研究しながら、それとは別に「飴色団栗研究室」の名で、標本を芸術として発表する手段を研究しているのである。大学で例えるなら、理学部の中に美術系のサークルがあるという感じである。芸術であるが故に、敢えて合理的でない形にしてみたりもするのだ。

 

話は少しずれるが、飴色団栗研究室の使う「標本」「作品」という表現はかなり紛らわしい。箱や瓶に収められた植物そのものは標本であって作品ではないが、標本箱全体としては芸術作品なのである。

 

さらに紛らわしく例えると、「標本にされた母岩草」は作品ではないが、「母岩草の標本」は作品なのである。

 

さて、訳が分からなくなってきただろうか。それで構わない。研究室の標本を見て、何かひとつでもその造形を気に入ってもらえれば、それで良いのである。

 

 

今週読んだ本:『マインド・クァンチャ』森博嗣


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先日読んだ『ヴォイド・シェイパ』シリーズの最終巻です。侍ものなので人が斬られるシーンも多いのですが何故か血生臭くなく、主人公の静かな思考を追っていると癒されます。それでいて、先が知りたくて目が追いつく前にページを捲ってしまうようなわくわく感もある、不思議な小説でした。